『表現すること』と『技術』日本の教育では?

今週から新学期スタートです。

生徒さん達、みんな元気にきています。

友達に久しぶりに会えて、嬉しそう。


まだ小さな生徒さん達は、夏休みのどこかへ行った出来事や、宿題がギリギリになったけど、ちゃんと提出できたこととか、色々なお話しを聞かせてくれます。子どもなりの言葉と表現で一生懸命伝えようとしてくれます。溢れだす想いに言葉が追いつかず何て言おうか?試行錯誤しながら、伝えてくれる。素晴らしいと思いました。


この溢れ出す想い、が芸術表現の原点だろうと思うのです。自分が何を感じていて、その思いを他の人にもわかってもらいたいってことが表現する源。言葉で伝える、踊りで伝える、ピアノ の音で伝える、人それぞれ手段に違いはありますが。


だから、それぞれにテクニックが優れたとしても、最終的にはこの溢れ出す想いがなければ、伝わらない。溢れ出す思いを自分で自覚できてなければ、それは曖昧なものになるし、人に伝えたいとも思ってなければ、伝わらない。小さい生徒さん達は使ってる言葉は幼い言葉だけど、どれだけ楽しかったか?または、宿題がギリになり、どれだけ焦ったか?すご〜くよく気持ちが伝わった。


ピアノにしても、お勉強にしてもまずはテクニックを学ぶことばかりになってしまいがちですが。。

本来はその教わったテクニックを使ってどうやって自分の想いを乗せてくか?どんな手段を使えば自分の思いと近い事が、他の人に伝わるか?を同時にセットに学んでいかないとと思うのです。


上辺の知識、テクニックではもう人間よりずっと優れた道具にかなわない時代。小さな時からじっくり、自分の想いを見つめ、それを伝える手段として色々な事を学ぶ。時間がかかるし、手っ取り早くはいきませんが、指導者としてはこんな視点を大事にしていきたいです。